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 ● 「自然との共生」なんて、うそっぱち?

近頃、かなり老人力がパワーアップして来たようで、記憶力にはあんまり自信は有りませんが、たぶん1992年のリオサミットの頃からではないかと思われます。「地球にやさしい○○○」とか「自然環境との共生」とか「エコ○○」とかの大合唱が始まったのは・・・。

もちろんそれ以前にも、専門の人達や意識の高い(?)一部の人達は、環境への配慮や生物多様性、リサイクルの推進等などが必要であることを提唱していました。でも、今のように、猫も杓子も、1億2000万人余がみんなで「エコ!エコ!」と言い出したのは、たぶん良い事なのでしょうが、若干不気味な感じがしています。昨今、「エコにあらずんば日本国民にあらず」みたいな雰囲気さえ感じられ、途中で息切れして先細りになるのでは・・・と懸念してしまいそうです。



「エコ○○」の他によく目にするのが「自然との共生」のような、とても耳障りの良い言葉です。巷では「自然との共生」のイメージは、たぶん「自然と仲良くしましょう!」とか「人間と自然は仲良し♪」的な意味合いで使われているのだろう・・・と思われます。(違うかも?)

もしそうだとすれば、それは「仲良し=持ちつ持たれつ=人間と自然とは対等な関係」ということになってしまうが・・・本当にそうだろうか???

(注:「共生」はかなり広い意味を持つので、必ずしも上記とは限らない。)



かなり大雑把に考えてみると、地球の歴史が約46億年、地球上に植物が出現してから約4億年、人間の祖先(サルみたいな生物?)が出現してから約500〜600万年位、と言われているらしい。(記憶違いならご容赦を!)細かい数字の違いはどうでも良いが、ここで気になるのは「我々人間の祖先が出現するよりも、はるか以前から自然の生物達は人間抜きで存在し、最近まで存在し続けて来た」という事実です。つまり、「自然の生物達は人間抜きで、ちゃんと自立し続けて来た」ということになるのです。ここが重要!!!

ということは、人間の助けなど必要とせずに自然の生物達はこの先も、自分達の力で生き続けて行けることになる。(人間から仲良くしてもらう必要性などまったく無い!)



 じゃ我々はどうだろうか?自然の生物達の代表として、植物との関係で考えてみましょう。

例えば、あなたが食べた今日の昼飯を仮に「カレーライス」としましょう。そのカレーライスの中身を見ると、

 ・カレー・・・植物、 ・ご飯・・・植物、 ・野菜・・・植物、 ・豚肉・・・植物を食べた動物、 ・油・・・植物、 ・調味料・・・ほとんどが植物からの二次製品、 ・水・・・石油エネルギー(太古の植物の遺産)によって支えられた設備によって浄化され、運搬されたもの、 ・調理用の熱・・・基本的には水と同様に、石油エネルギーによる下支えの産物

ということになるんでは無いでしょうか?

つまり、直接的にも間接的にも、我々は毎日非常に沢山の植物を食べていることになるのです。



食べ物だけではなく、衣服・住居・移動手段・通信・その他いろいろ。

見た目には判別が困難でも、大元をたどっていくと、ほとんどの物が「植物」に行き着くことに愕然としますよ。



そしてその結果、次の事実を認めざるを得なくなります。

「自然は人間抜きで生きられますが、人間は自然抜きでは生きられない。」

これは、とても「共生」なんて呼べる仲良し関係ではなくて、紛れも無く「寄生」でしょう。

「寄生」と呼ぶにはプライドが許さない場合は「偏利共生」と呼んでもいいと思いますが、いずれにしても「仲良くして頂戴!!お願いだから捨てないで!!!」と哀願するしかないような、なんとも情けない我々の姿です。でも、たぶんそれが実態だと思われます。



したがって、今後我々は居候としての立場を十分にわきまえ、三杯目はそっと出すくらいの気遣いを持ち、節度ある寄生者としての関り方を真面目に考えてゆく必要があるのでは・・・と思っています。

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