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 ● 「良い子は、好き嫌いを言わない?!?」

しばらく前まで、息子の部屋には「ピーマンを食べられたで賞!!!」という、妻がカラーペンで書いた、かなり色あせた「手作りの賞状」が飾ってありました。出来はいまいちですが、何ともほのぼのとしたぬくもりを感じさせる作品だったと記憶しています。

息子は子供のころピーマンが嫌いで、その偏食を治すため妻が考案した「ほめちぎり賞状作戦」のなごりが上記の手作り賞状であったわけです。

なぜか子供は賞状に弱いらしい?(大人も似たようなものか?)賞状をもらって誉められると、次からピーマンが食べられるから不思議!?! 一種のプラシボー効果かも???

(残念ながら私は、子供の頃におふくろから手作りの賞状をもらったことがないためか、いまだにトマトが苦手ではあるが・・・。)



いつの時代もたぶん似たようなものなのだろう。親は子供達に、先生は児童達に言い続ける。「好き嫌いをせずに、何でもモリモリ食べないとリッパな大人になれませんよ!!!」「好き嫌いを言う子は悪い子です!」「ニンジンを食べなさい。ピーマンを残してはいけません!」(でも、トマトは別・・・でしょう?)



たかだか「ピーマンが嫌い」とか、「ニンジンが嫌い」なだけで、なんであれだけギャ〜ギャ〜騒ぎ続けて来たのだろうか? クラスの中ではまるで「偏食者=欠陥人間」の雰囲気すらあったような気がする・・・。おかげで私も、子供のころは少なからず肩身のせまい思いをした経験がある。ニンジンが嫌いでもピーマンが嫌いでも、もちろんトマトが嫌いでも、いつかはちゃんと社会で通用するりっぱな大人(?:あんまり自信はない)になれることは実証された。



「健康を維持するためには、多くの食材をバランス良く食べなさい。1日30品目が理想ですね。」ということは・・・、毎日ご飯だけとかキャベツだけとか、ニンジンだけを食べていたらどうなるのだろうか? きっと、栄養のバランスを崩して病気になるのだろうな・・・。



ところで、自然の中には「超〜!偏食者」がたくさん居ることをご存知でしょうか?

例えば「チョウと食草の関係」はかなり良く知られていますね。ギフチョウの幼虫はカンアオイ類しか食べないそうですし、ベニシジミはスイバやギシギシを、ヤマトシジミはカタバミを食草としています。その他いろいろですけど、超〜偏食!!はみな同じ。

彼らが他の草を神に誓って絶対に食べないのかどうかについては、FBIかKGBにでも極秘捜査を依頼しないと、100%の確信はありません。

誰でも一生のうちに一度や二度は「つい魔がさして・・・」つまみ食いをしてしまうことも、時にはあるかも知れませんが、それにしてもこの超〜偏食ぶりはりっぱなもの。わき目もふらず、ただひたすらカンアオイ類だけを食べつづけて、健康なギフチョウの成虫になる・・・なんで??? そういえば、蚕は桑の葉しか食べなかったっけ。

見るからにバランスの悪い食生活をしながら、病気にならないのはなんでだろう? 1種類や2種類の植物(食材)だけでは、絶対に不足する栄養素があるはず。なのに彼らは元気一杯。

たぶんずっとずっと以前から、同じ食事で生き続けて来たのでしょう。

そこが不思議で仕方がない。



少し脱線してみよう・・・;

植物は、決して虫達の「餌」になるために生きている訳ではない。もちろん植物自身の子孫繁栄を究極の目的としている・・・はず。だから彼ら(彼女ら)は、動物達(捕食者)から我が身を護るため(食われないため)に、外側にトゲを付けたり、内側に毒を保持したりして、あの手この手と対抗策を考えてきた。何も考えずにムシャムシャ食べて毒にあたれば、その情報が周囲にもたらされ、「あいつを食うとヤバイ!」ということで、食べられる頻度は自然に少なくなる。自然界でも他者の経験は伝達し共有されるらしい。

しばらく前に「O-157」との関係が報道されて、カイワレダイコンがパッタリ食べられなくなった事件とか、BSE関連で牛肉消費量大幅ダウンもその好例でしょう。およそ生物が我が身を護る(命を護る)ために起こす反応は、神の目線で見れば、人間も他の動物達もそんなに大きな差異は無いのでは。単に自然の世界では、人間の社会ほどマスコミが発達してはいないため、「全国一斉」とはいかないだけのような気もするが・・・。根拠はまったくない。



この辺で話をもどすと・・・、

そこで実は、大きな疑問が湧いてしまう。

自然は懐が深いというか、敵もサルモノ引っかくもの・・・。食べる方も必死だから、数多い個体の中には毒を無毒にするような酵素なんかを生産する能力を身に付けたものが現れて、せっかく身に付けた植物の毒は何の役にも立たなくなる。そしてムシャムシャ食ってしまう。

すると今度は、更に強力な毒を身に付ける・・・。が、それも解毒する・・・。くそ!!

生物達はそうやってDNAを書換えながら種を存続させ、今日まで生き残って来たはず。

殺虫剤が効かない農業害虫の発生や、抗生物質が効かない耐性菌の存在などはその事例。



そうすると、例えば「なんでカンアオイ類は、ギフチョウに食われない方法を考えないのか?」が気になってくる。「特定のチョウに、ずっと食われることを受け入れ続けている」ことの意味は一体何? 特定の生物に食われ続けることで発生するメリットがわからない。もしメリットが何も無いなら、反撃に出るのが自然じゃないか? それともマゾ?

もし仮に、ギフチョウが大発生したら、カンアオイ類は食べ尽くされてしまう危険性があるわけで、種の存続にかかわるようなリスクに対して、何も対抗措置を取らないのはいかがなものか・・・!? 

ギフチョウもギフチョウで偏食が過ぎる。もし万が一、カンアオイ類を食べ尽くしてしまったら、一体どうする気なのかしらん。普段からもう少しリスク分散を考えておくべきだろう。

オール電化は危ないよ!! ライフラインは分散するに限ります。(05.12.22の教訓)

・・・と、つい余計なことを心配してしまうのです、歳をとったせいでしょうか?



トマト・塩辛・イクラ・生たらこ・ウニ・チーズ・お酒・などなど・・・・嫌いな食べ物は今でも結構多いですが、その割りには55年間を通じて「良い子」だった気がします。ま、自分が勝手にそう思っているだけかも知れませんが・・・。

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